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日々雑感

   研賜

 

 

2010.07.19 分かれ 

 

 

今日は、贈り物にするために、ひとつ書き物をした。

部屋を清掃して、静かな気持ちで、筆をとった。そして、書に合うように、印もひとつ作った。書くこと、印を作ること、そして印を押すことにしても、一度限りのこととして、なにごともないように過ぎていった。

やはり始まっているようだ。このような感じで取り組むことができるようになるかどうか、分からずにしてきただけに、静かではあるが、深いところで、なんともいえないものがある。

そして、また別なところにあるかもしれない書に対しては、踏ん切りがつかないでいたが、もうそこに進むのではなく、潮時にしようと決心をした。

すべてに感謝をして、区切りとする。より善い縁となりますように。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2010.07.04  まずは、やはり伊藤仁斎をしらべないと

 

 

韓国語と日本語では文法がほとんど同じである。ここで書いている文章もほとんど微妙なニュアンスを含めて韓国語に翻訳可能である。しかも、この翻訳は、一対一に言葉ひとつひとつを、違う発音の言葉に置き換えてゆく感じでよい。

そんなこともあって、当然、「気」を使用した言葉が、韓国語にもたくさんあると思い、昨日、先生に訪ねてみたが、「気」はそんなに使わないとのことである。

「え・・・・・・・」

これは、大嶋氏の日本人の世界観を手がかりにして考えると、朱子学と陽明学の違いかもしれない。

そう言えば、李朝時代、韓国では朱子学一辺倒であった。日本人は、朱子学よりも陽明学のほうが、感覚的にしっくりするとのことである。

ちなみに、最近、始めた書は、陽の気を多めにしている。

こういった書をしていると感じることは、人、ものを含みそして超越したところに存在するなにかの意思というかこころである。

そして、そのなにかのこころは、善い方法で行い続けているなかでのみ、しかもかすかに感じ、その理を行ない得るということだ。

たしかに、日本の書を見ていると、陽明学が人の心の理をすべてとしたこととの一致が感じられる。

韓国の焼き物そして焼き物に書かれた絵の一部からは、人の外にある超絶的な原理をすべてとする朱子学に傾倒したその心情に納得できるところがある。

筆者が見るところでは、基本的には日本の書、絵、焼き物は生きた気とは無関係のものである。韓国であれば、焼き物及びそれらに書かれた絵の一部に、生きた気とのなつながりを感じる。

これは、まずは人を超越したところにある理というか、意思というかこころというのかの存在を感じるかどうかの違いであるような気がする。

 

 

書の拡大 : 初始

 

 

 

 

2010.07.03 八百万の神

 

 

鉄、朝鮮半島の陶器、清滝渓流、竹、書などが好きである、また、神社の近くを通るときは、立ち寄って、手を合わせることにしているし、早起きできたときは、ただ坐ることにしている。陰陽は書のおかげで身体感覚になっており、ときどき易で占うこともある。

特には、朝鮮半島の焼き物の形の微妙なところに生きた気をみてしまうことについて、こういった感覚が、なにに由来しているのかが、気になっている。

言葉から、朝鮮半島との、かっての深いつながりがあったことは納得できたが、この朝鮮半島とのつながりに関しては、ずいぶん、いろいろな人が研究をしていることが分かった。一般的には、とんでも学問として認識されているのであろうが、大筋では、我が身体感覚としても、違和感がない。数日前から、鹿島曻氏の日本ユダヤ王朝の謎 天皇家の真相という本を読んでいるが、鉄、神道とのつながりも、手がかりがありそうだ。

大嶋氏の日本人の世界観を見たところでは、身体感覚となっている陰陽など、これは、江戸期あたりの陽明学と共通点がありそうだ。伊藤仁斎など、調べてみる。

なにかこのごろ面白い。身体感覚あるいはなにか気になることが先にあって、それを調べるというパターンになっている。どこかで見たり聞いたものが、浮かび上がってくるということもあるのだろうが、それよりも概ねDNAに記録されている感じがする。

八百万の神が住む日本に生まれ、幸せである。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

2010.06.27 技術

 

 

古代哲学研究 2010

プラフト・アナロジー序説

プラトン「国家」第一巻と「ゴルギアス」における技術と価値の問題について 岩田直也氏

(京都大学文学部西洋古代哲学研究室内古代哲学会の研究誌)

を読む機会を得た。

氏の目的とするところは、徳と類比されるものとして、プラトンが考える技術とはどのようなものであったのかを明らかにしようとしている。

筆者は技術者であり、古典書法もいわゆる技術をふくんでいることから、興味深く読むことができた。

この論文に触発された結果として、希望を含めて、筆者は、

真の技術は、より善いものを目指して築くものであり、徳、真実などを内在してなる。それゆえ、技術を利用してなにか目的をかなえる人はもちろんのこと、技術を使ってなにかを作る人、それから技術によって作られたものに接する人に対しても善い影響を与える。

と信じることにする。

 

古典書法からの類推で言えば、それがそういった技術であると感じることができることがその人の運である。また、技術を使う人になる場合は、存在を信じで、その技術に近づくための方法を継続して実践する以外に方法がない。

 

  書の拡大 : 初始

 

 

 

 

 

 

 

 

2010.06.22 初始

 

 

「初」とは、神衣・祭衣を裁(た)つ意。まずはじめに、布帛(織物)を裁ち、合わせて衣とする。「ことのはじめ」としての儀礼的な意味を背景に持つ。

「始」は、ム(すき)を、祝禱を収める口(いれもの)の前に置く形、女は、子を生む儀礼との相関を示す。農耕の開始にあたってすきを清める儀礼があり、それがまた生子儀礼としても用いられる。

(白川静 字通より)

初始(しょし)、始初(ししょ)は、共に、はじめを意味する。

書体は、骨と肉と皮を備えるべし。しっかりした骨格に、しなやかな筋肉、そして綺麗な肌を持つように心がけるようにと教えていただいた。楷書はその心がけのわかりやすい実践である。

それならば、初始として掲載したこの書体はなにかというと、こころがけは守った上で、衣をまとったつもりである。

 

 

 

 

 

 

 

 

楷書

 

 

2010.06.20 初始

 

 

久しぶりに、「初始」としてページを追加した。

古典書法に取り組む少し前、なにかを求めて懸命にひとりで書に取り組んでいたことを思い出す。

臨書としう方法で、古典書法に必要なものと、気になるものを、指先に取り込んできた。清滝の渓流沿いも、またずいぶんと散歩をしてきた。

経てきたものが指先から、自然に現れることを楽しみながら、「根性」と書いてみた。

父親に言わせれば、これがないとこんな歳になって生きていけないらしい。辞書でその意味を確認してみると、なかなか新鮮で含蓄のある言葉である。掲載したものとはまた感じが違う書体ではあるが、書を父の日のプレゼントとした。

 

 

 

 

2010.06.20 オルドスの芸術

 

書で言えば、なんとなく心惹かれるものを、点、点と調べていくと、思いもよらないところでつながるということがよくある。

 

朝鮮半島の焼き物、木工などの一部に、生きた気を感じるのも、書の中で感じる「点」と重なりあう。

結局は、筆で書いた線の微妙なところに生きた気を感じるのと同じところから来ているはずである。

最近、このような感性のルーツを、気にしている。

今日は、世界の至宝 東洋美術   ぎょうせい

という本を、見ていると、オルドスの芸術が目にとまった。これは、朝鮮半島の一部のものと、感性が似ているいうことで、ホームページで見ていくと、朝鮮半島の無文土器の文化と関連があることがわかった。

無文土器は、素朴で、単純な形の中に、井戸茶碗などと同じ種類の感性を感じる焼き物で、気になっている「点」の一つである。

書で言えば、金文の一部のものにもまた、オルドスの芸術や無文土器と同じ種類の感性を感じることができる。

右は、西周初期の金文であり、芸術としても評価が高いものであるが、臨書してみたところでは、楷書の筆意を感じる。書法としてとらえると、ここで、つまり、この時代に、一度、完成している。

金文臨書

金文

 

 

2010.06.06 千字文

 

 

千字文は臨書の手本としておなじみである。

日本書紀では、応神紀285年に百済の王仁博士が伝えたことになっている。

中国の南朝梁502-549年の武帝が、文章を作らせていて、書としては智永の真草千字文が有名である。

智永の書法は王羲之の系統であり、筆者も、王羲之の書として臨書によく用いている。

智永は、中国の、南朝最後の王朝で江南に存在した陳557-589年、それから随の時代にかけて活躍した僧である。

俗姓つまり本名は王氏で、王羲之の血筋である。

こうなると、筆者がよく知る範疇だ。

今日は、ここまでにするが、

調べてゆくと、おそらく、王仁博士の話の矛盾が現れ、

江南天目山付近、次には、百済つまり鶏龍山付近、そして京都愛宕山付近の話となる。

例えば、日本に残されている千字文の墨跡は、中鋒を多用しているにもかかわらず、毛先の一本一本がでているところがないような見受けられる。それでは、この書はどこから出てきたのかというところを探ってゆくと、これはここ、そうなると、これは、平安以降、・・くらいに、・・・で作られた可能性が高いと、筆者が見る限り、なってしまう。

 

ということになってしまう可能性もある。

中国と韓国と日本の文化のつながりその流れの方向の確認にはなるが・・・・

仏教そして国づくりに関しては、古典書法をたどってゆくと、教科書とは違うものがよく現れてくるが、ひふみ・・これからも意外なものが現れてくるのではないかと期待している。書と関連したところがあれば体感的に理解できるところがあるのだが。

 

 

智永千字文臨書

 

 

H22.05.25 DNA

 

 

先日書いた「ひふみ」に誤りがあったので、書き直した。

ところで、「ひふみ・・」はこれはなに語であろうかということで、気になっていたため、先日、「日本語の正体」倭(ヤマト)の大王は百済語で話す 金容雲著 三五館 という本が目にとまり、読んでみた。

ちょうど韓国語をならっていることもあり、興味深く読むことができた。

ひふみについてはやはりわからなかったが、筆者の仮説である中国の天目山と、韓国の鶏流山と、京都の愛宕山とが、繋がりそうである。

人もそうであるが、なにか重要なものが、天目山から鶏流山で熟成されて、京都にやってきたという感じである。

なんとなく気になるという感覚は、DNAの仕業なのだろうが、人類というか東洋の歴史がDNAとなって体を作り、そして、虫の知らせのようになにかどうも気になるという形で、それを教えてくれると考えると、壮大である。

書、あるいは昔の韓国の焼き物、木工に、縁を持ち続けているのも、そういったところが色濃いDNAを持っているためなのであろう。

ただし、それはそうとしても、陶磁器、木工の良いものをみて思うのであるが、筆者を魅了してやまないものは、昔の韓国のものにしかないのはなぜなのだろう。重要なものが、天目山から鶏龍山で熟成されて京都にやってきたにしては、熟練した手技で作為のない自然なものを作るということにおいては、韓国に、遠く及ぼない。勘で言えば、複雑で良い自然が韓国に多かったということかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

H22.04.13 

 

 

「すごーい、地面がピンクだ」近くを通った女子学生が声を上げていた。天神川沿いの桜はまだ四分程度花が残ってはいるが、チラホラと花びらが散り落として、葉をつけ始めているところだ。

寒い日が続いたため、桜の花も、例年に比べ10日ほど遅い。それから神社で見かけることができる楠木であるが、今、新葉をつけ、古い葉を盛んに落としている。

話はかわるが、毎日、20分程度であるが、坐るようにしている。吐く息を長くしつつ、呼吸の音に耳を済ませるようにして坐っている。

そういうこともあり、肌寒いときには、部屋の空気を、外気を努めて部屋の中に入れるようにしている。なぜかというと、呼吸を深くしているとお腹の当たりがあたたかくなる。

呼吸に気を向けていると、息というのは空気を取り込んで我が身を静かに燃やすこということがかすかに実感できる。寒いときには暖房よりも先に新鮮な空気が大切だ。

呼のときに、軽く下腹を圧するような感じにしていると、空気は、鳩尾当たりで、丹田の方へゆく「空気」と、指先の方へ流れる「気」となるような感がある。書は、空気が気となり紙の上に墨となって定着する。

4月のはじめ頃、本屋で、「神道の呼吸法 息長と禊祓 中川正光著」という本があることを知った。

そしてこの本で「いろはにほへと・・・」と同じように、「ひふみよいむなやこと・・・」という47文字を使った言葉があることを知った。「いろは」は仏教色が強いが、こちらは仏教以前の日の神の言葉だ。自分なりに言葉の意味を理解しようとしているが後半がどうにも意味をつかめない。勉強中の韓国語でもなさそうなので、もしかしたらモンゴル語を習えば手がかりがつかめるかもしれない。

日の神の言葉であり、いろはを陰の陰としたらひふみは陽の陽の言葉である。仕事上でしばらくいろはや呻吟をしていたが、禅にゆかりの坐ることでニューラルとなり、いまは生来もっているところに進むことができたような気がしている。

易で、この道を心置き無く進んだら良いものかどうか占ったところ、離為火で、火火の卦となった。火を取り扱うように慎重にする必要はあるが、生来のところをフルに発揮することができるとのことである。

よし、慎重にはするが、命を燃やすようにして進んでみる。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

H22.03.22 空海

 

仕事が忙しく余裕がなかったのとパソコンの調子が悪いのとで、しばらくぶりの更新となった。書の方は、続けていた。

平成22年2月2日から、古典書法9年目に突入している。

さて、昨日であるが、東寺で、空海の風信帖を見てきた。

2006年に上野の東京国立博物館で開催された「書の至宝展」で、この書を見ている。

このときは、朝なるべく早く入門し、この書へ直行して見た覚えがある。そうしても、すぐに人が集まってしまい、落ち着いて見ることができたのは、わずかの時間であったと記憶している。

しかし、昨日は、ゆっくりと見ることができた。また、来週も足を運ぶ予定だ。

ということで、久しぶりであるが、風信帖のはじめのところを、臨書してみた。これはやはり古典書法だ。

今、

東寺では、 春期特別公開宝物館  3月20日~5月25日を開催中で、

風信帖は

3月20日~4月4日及び4月23日~5月9日

のみの展示となっている。 

 

なんでも、この書は、東京国立博物館で保管されており、虫干しのために、毎年一度は展示?されている。東寺に戻ってくるのは5年に一度ということらしい。

東寺で今回展示されるのも、偶然町を歩いていて、この催しのチラシを目に留めたことによるが、年に一回は展示されているというのは初耳である。もしかしたら、年に一度虫干しされているの聞き間違いかもしれない。

それにしても、この書に興味を持つ人が、京都は特に多いようなイメージがあるが、昨日は弘法さんの日であるにもかかわらず人が少な過ぎる。ゆっくりと見ることができたのは良いが、京都は日本の文化の中心、あるいは中心になってほしいという願望があるため寒いものがあった。