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韓国へ

   研賜


2006.08.19 理解

先ほど、韓国旅行を終え、家に帰ってきた。

田舎を歩いた。どこかで見た感じがする。なにか、イメージの中にある田舎を歩いているようだ。懐かしい、しかし、やはり、日本では、ここまでしっくりするところはあるようでない。15年ほど前頃、京都の周辺の山々、滋賀県の山などを結構歩いた時期がある。リトル比良は良い印象があるが、一般的には杉の植林が多い。散策しても、案外に、きれいという感じがするところは限られている。

韓国では、北朝鮮との国境近くの新炭理という田舎しかり、昌徳宮という王宮しかり、自然環境の中に韓国の伝統的な家屋を配した作りものの村である韓国民族村しかりであるが、草、木、小川など自然と人のいるところとが調和している。

筆者は幼少のころ、記憶にはないのだが祖父とよく山に入っていたらしい。無意識の記憶の中にある自然と符合しているのか。しかし、もっとこころの奥底にあるものと、一致して感動しているように思える。田舎の山は成人してからすこし歩いてみたが大したことはない。祖父に連れられて入ったところと違うのかもしれないがやはりもっと奥深くの記憶と一致しているようだ。

経験の範囲で言えば、奈良の春日神社裏の山を歩いたときに感じたものと近い。藤原家は、当時この界隈を、朝鮮半島の人々の力を借りて作りあげたと思われる。あるいは、もともとは朝鮮半島から来た人なのかもしれない。

日本人が、山、川など自然を愛しているというのはある意味、幻想がある。日本は、自然と調和しているところは限られている。

韓国は、どうもそこかしこである。ソウルのような都会ですらそうだ。全体に山多く、平地が狭い、山間で暮らす。

もちろん、ソウルは、日本で言えば、東京みたいなところである。南の方には、高層ビルが建ち並ぶ、上野をかなり大きくしたような東大門市場、中国北京でみたような煉瓦作りの古い家もところどころ見ることができる。地下鉄に乗るとまるで日本にいるような感じである。姿格好がほとんど同じ。電車の中で化粧している若い人もいる。新聞を読んでいる人が多い。ビジネスマンも日本のビジネスマンと何ら外観上の違いがない。違和感がない。ソウル市内は地下鉄が発達している。そうそう車も多い、きびきびと運転している。経済は悪いと聞いているが、これからどんどん、テンポ早く発展してゆきそうな雰囲気である。若い感じがする。日本と同じように、ちょっと見だけでは分からないものだ。

食べ物はさほど安くはない。ただし、品数が多いので割安感はある。

初日の一番始めの食事で、東大門の地元の人が利用するところに入り、辛いものの洗礼を受けた。色の青い生の唐辛子あるいは生のタマネギのためと思うが、食事中に腹が痛みあせった。豚肉の煮込みものみたいな物を頼んだが、とにかくなにもかもが辛かった。食事を途中で切り上げ、15分程で腹痛も治まりことなきを得た。

なにかを頼むと付け合わせに、キムチやらタクワンが、頼んだものが麺類であればご飯もついてくる。色の赤くないものつまり唐辛子が入っていないものを見つけるのが結構難しい。入っていないものは、塩加減が絶妙な場合が多い。具の味が分かりかつ具のうまみを引き出している。食事は、結局はかなり早い段階で、同い年くらいのおばさんが3人ほど常時働いている24時間営業のご飯屋さんに、落ち着いた。昌徳宮近く地下鉄安国の北東口近くの店である。朝ご飯を食べ、昼食用として海苔巻きを一本購入してゆく。とにかく、食べるところ探しが時間がかかるので、これで時間を節約した。海苔巻きは、のりがそうなのか、多少油分を感じるが、ほとんど日本のものと同じで家庭の味である。ラーメンは、インスタントラーメンのような感じである。子供さんも手伝っていた。一生懸命でありほほえましい。アットホームで、家庭の味がして、重宝した。

宿は、これも昌徳宮近くのYims Houseというところ、ツインの部屋で5000円程度、部屋はこぎれいで広々としていた。ソウルは観光客が一般的に宿泊するようなところは、1万円以上して高いのでこれも良いところを見つけることができたと思う。

使うというか使えた韓国語は、カムサンニダー(ありがとう)、アニョハセヨー(おはよう、こんにちは、こんばんは)である。どちらも、筆者の耳にはこう聞こえるのでこう発音した。

観光客が多いところは、簡単な日本語を話せる場合が多い。タクシーでも複雑なことを頼むj場合は、携帯電話で通訳を呼び出すことができる無料のサービスを利用した。

どこにいってもそうであるが、単語、身振り、指差しで、したいことはほとんどできる。うろうろしたり、戻ったりと効率は悪いが、どうにかなる。ただ、イギリス、台湾など、英語、中国語圏とは違い、なにか言葉が話せなくとも、居心地が良い。ストレスが少ない。女性の話す韓国語を聞いていると、ヨー、ニダーなどかわいらしい。

 

交通費が安い。近距離といってもかなり距離をのって110円、2時間半ほど地下鉄、国鉄と電車を乗り継いだが、400円ほどである。バスも、1時間半ほどのって移動しても、200円程度である。タクシーは一般タクシーに乗れば、日本の約2.5分の1程度である。しかし、ウォンは一桁とれば円と一致すると覚えていたが、2割ほど円は安くなっていた。ただし、今回は物価に関しては余りよく調べていない。住環境、教育関係が分からないのでなんとも言えないが、食べ物から言えば、生活は結構きついのではないだろうか。

とにかく、良く歩いた。通勤時、毎朝一駅手前でおり、一時間ほど歩いて会社に行っていることがこういう時に役に立つ。ただ、一日中、それも6日間も出歩いたので、足の裏は、豆だらけになり、最後の頃は痛みとの戦いでもあった。

盛んに利用した食堂は日本大使館のすぐ近くにある。小泉首相が靖国神社を参拝したとき、ちょうどその食堂にいた。日本大使館の周りには常に数人警備している人がいたが、その日は増員していた。その時間帯にはデモをする人もいなかった。その日から2、3日は、テレビ、あるいはコンビニ、バスの中で流しているラジオから時折、コイズミ、ヤスクニという日本語発音が聞こえてきた。なにが起こるいうことはないが、居心地は決してよいものではない。若い人たちに案外、小泉首相の靖国参拝に賛成する人が多いが、歴史を調べ、ある意味文化の高さを実感し、実際に、旅をして人々と多少なりともふれあうことで違う見方ができるのではないだろうか。韓国的なものは日本人の無意識の中にしっかり入り込んでいる。韓国にはもののけ姫のような、縄文的な気が、ふんだんに残っている。

二度と戦争をしないための誓いをするのが目的であれば、手段はいくらでもあるのだから。筆者は首相の靖国参拝に反対である。

なに分、自分が良いと思っても相手のあることである。相手の気持ちも思いやる必要がある。

相手の気持ちを思いやらないのであれば、例えば中国と国交を断絶しても良いのか悪いのかということで、二者択一で考えてみることでもよいのではないだろうか。

国家の戦略としてあるいは自分の関係する法人の利益のために戦争を起こしていくようなことは、今の日本企業には見られない。国交といっても対中国の場合は、中国に進出している日本企業の活動が頼みの綱である。

 

そうそう、韓国は、キムチ、塩など、食材を入れる陶磁器が、豊富である。民族村でもそこかしこに、瓶(かめ)、茶碗などを見ることができる。日本は木を使う。塀も碗も桶も木製である。どちらかといえば、基本的には、山を使い尽くす稲作農耕民族である。韓国は、石を使った塀、良質の粘土がふんだんにあるためであろう陶磁器が発達し、木を必要以上に使わなくとも良い。そこら辺りというか、もともと山と共に生きた民族なのだろう。

瓶をつくるのと同じ技術でもって、作ったと思われる水滴、筆筒が民族村に展示してあった。筆者が「完璧」で紹介している水滴と同じ系列のものである。この水滴は、やはり朝鮮ものであった。作り慣れたという作ることが呼吸をするようなレベルで自然と形づくることができる手でもって作られていると感じたことは、間違いではない。

水滴は、井戸茶碗のようには、決して自然にはつくることができない形状である。それすら自然なでき具合をしている。手の感覚があるべきようになっていることと、これは、陶工が、自然の良き様を、草を、木を、せせらぎの水の透明さを、石の、岩の形を手触りを、砂を、洞窟を、森が発する音をなどなど、DNAのレベルからの蓄積としてい、見て知っているからこそ現れるということに気がついた。韓国の自然は、陶工からそのような形で現れてきたとしてもなんら不思議なことがない様をしている。

このような韓国の様にふれ、日本の物に対してはもともとであるが、最近、中国の陶磁器にすらなにか違和感を抱いていたのは、草、木、せせらぎ、風などの匂い、皮膚感覚が感じられないためと理解できた。

最近集めたものを見ると、無意識の部分では準備完了しかかっていたいようだ。これで、意識としてもはっきり理解できた。やきものに関しては準備完了である。そう、高い安い、人がこのように評価しているから、ここがこうなっているなどというところではなく、ものの質に対して、純粋に自分の直感をたよりにして、向き合い選んでゆくことができる入り口にたった。ただ、書と同じ、感性を磨く日々の練習が必要であることは言うまでもない。今後も失敗はいくらでもするだろうが、徐々によくなってよくなってゆくはずである。

書と同期がとれかかっている。書の練習もまたこの辺りに関しては有効に働く。

なぜなら書は「自然の力」を感じる営みでもある。筆を支える力は、気を緩めたとたんに、筆は指先からこぼれ落ちる程度である。筆先から帰る力を常に意識している。思う方に力が現れるように筆を整える。力の揺らぎ、こころの揺らぎなどすべて線に現れる。特に楷書は、心と体の状態を目で確かめることができる。ごまかしようがない。深い呼吸を伴う。禅の元であるとともに、思いではどうしようもないもの、つまり墨跡が逃れようのない現実を現し続けるので、宗教とは、まったく別物でもある。

そこにある善き自然。単純であり、どこまでも深く複雑でもある。陶工の感じた自然が、技術をともなった手指から現れる朝鮮の焼き物。「自然の力」と共にあり、見た物が昇華されて現れる書と共に歩むものである。陰としての焼きものと陽としての書。善き自然を身近におき書に取り入れる。必要なものが目に見えるようだ。

一時的なものであろうが、心が解放された気がしている。今、静かにではあるが幸せである。今朝あまり寝ていないが、神経は高ぶっている。このホームページを書き上げては見たが、まだ落ち着かない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

京元線の行き止まり新炭理

見たことがある。こころの中の田舎と一致している。

   

とにかく舗装していない道があるところまでたどり着いた。舗装が行き届いているので一苦労であった。

北朝鮮との国境は近い。この方角。

小川

 

   

農道。山歩き用のチロリアン、ヤッケ、軍手があれば相当なところまで分け入ることができるのだが、ヤッケも軍手もなく、町歩き用のチロリアンではいかんともしがたい。山には入っていない。

農夫

 

以上、新炭理。思い出してもこころにうずくものがある。


次、韓国民族村を紹介する。

 

瓶(かめ)、食器など陶磁器がふんだんにある。

   

「完璧」で紹介したのと同じ系統の水滴、筆筒。正直驚いた。こんなところで正体を知ることができるなんて。残念ながら写真はピンぼけである。

   

テーマパークとはいえ、自然である。一昔前の田舎にまよい込んだようだ。

小川

造園というのかなんなのだろう。自然も含めて作っている。心の中の田舎に一致しているのかなにか知らないが、いつか見たことがあるような気がしてならなかった。

どうも茶の湯の草庵は朝鮮に由来を持っているようだ。茶碗も一は井戸茶碗である。侘び寂びは、朝鮮半島の人がいて始めて成り立ったものということになる。


以上、韓国国民村である。


次は、王宮である昌徳宮内部の自然を中心に紹介する。
 

北京の紫禁城を模してしる。ここまでは中国であるが、この後ろの方が、森になっている。チャングムの誓いで、王様とチャングムのデートのロケに使用した場所もあったが、草、木、水と建造物との調和があり、なにかロマンチックな気分にしてくれる。京都の御所は平安時代には、船岡山の下側にあり、その当時は、このような雰囲気も持っていたと思われるが、今ある御所は、一般公開される日に見に行ったことがあるが、さっぷうけいで気の毒な感じがした。

韓国は庭を造るというよりは自然をつくる?生かしている。庭の中に自然をつくる日本と、似ているようでも大きく違う。

   

朝鮮ものの水滴、おそらく高麗もの。今回の韓国旅行で明確に実感をともなっって理解できた。自然を供としている陶工が生み出したものである。