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懐仁集字聖教序

甲申師走   研賜


研賜臨集字聖教序毛辺紙

 

 

 

       懐仁集字聖教書

 

 

まずは臨書

 現在、習っているのは、半紙6字である。自主的に書いている文字でも元帖の1.5倍程度までの大きさで、この辺りまでが限界である。

元帖と同程度の大きさではほとんど練習していない。掲載するため、気合いを入れて書いて見たが、大分苦しい。

楷書歴3年弱、行書歴1年半弱である。臨書であるが、行書は楷書に比べさらに未熟である。練習すれば良くなっていくはずなので、また、後日挑戦したい。(H16.12.2)

 

集字聖教序

集字聖教序は、唐の時代672年に、石碑に刻され、長安の弘福寺内に置かれた。いまは西安碑林にある。通高350cm、幅113cm。碑文は30行、1行約85から86文字、全文1904文字。
懐仁が当時伝わっていた王羲之の行書筆跡から集字し、あたかも王羲之が書いたように配列した。
この碑は、王羲之の行書の典範として、中国書法史において、特に大事にされてきた。

 

集字聖教序に見る価値

王羲之は謎めいている(・_・?) 真跡は一つも残っていない。目にすることができるのは、臨本、拓本などである。

王羲之の書の中でも懐仁集字聖教序は、善き筆使いが分かり易い形で残っている。臨書をしていると、文字の構成が理にかなっていることを感じる。筆先から伝わる力に注意すると、次の点・線へ移るタイミングが自ずと分かるところが多々ある。

次の点線へ移るタイミングうまく会わないときは、筆使いを変えて試みる。動きがより合理的になるのであれば、その筆使いを採用するという習い方が可能である。

楷書は、点線の中に用筆が隠れている。しかし、行書である集字聖教序は、善き筆使いの跡が外に現れている。

数年先には、王羲之の書を自然に真似て書くことができる筆使いを身につけ、自分が好む善い物と同じような雰囲気を持つ文字を書きたいと願う。(The embodied image) 

今は、意識して善い物を見る努力をし、日々、古典書法を楽しんでいる。(^^)自分でも不思議なほど、楽しむことができている。

 

背景画像:研賜臨懐仁集字聖教書